表面2次元電子系

 これまで、量子ホール効果などの2次元電子系における重要な輸送現象は、すべてデバイスに閉じ込められた半導体界面において観測されてきました。これに対して私たちは「表面」に形成された2次元電子系の面内電気伝導の研究を世界に先駆けて行っています。表面2次元系の特徴として、
 (a)表面にのせる物質と2次元電子との相互作用から新しい物理の発見が期待できる。
 (b)2次元電子が「むき出し」になっているので、走査プローブ顕微鏡を組み合わせた研究が期待できる。
といったことが挙げられます。研究はようやく始まったばかりであり、(a)と(b)の特長を生かした研究の展開はこれからです。

表面に2次元電子系を作る

 InAsやInSbなどのバンドギャップの狭い半導体では、表面にさまざまな物質を堆積させることによって電子を誘起できることが知られています。私たちは、超高真空・極低温下で劈開、蒸着、磁場中電気伝導測定の一連のプロセスを行うことができる技術を開発しました。InAs劈開表面に対するホール抵抗の測定から表面電子の面密度を銀の蒸着量の関数として求め、低蒸着領域では、表面に吸着された銀原子がそれぞれ1個の電子を半導体側に供給する単純なモデルで実験結果を説明しました。



詳しくは、
Y. Tsuji, T. Mochizuki, T. Okamoto: Appl. Phys. Lett. 87 (2005) 062103.
岡本、辻、望月: 固体物理 34 (2006) 339.
M. Minowa, R. Masutomi, T. Mochizuki, T. Okamoto: Phys. Rev. B 77 (2008) 233301.
T. Okamoto: Phys. Rev. B 77 (2008) 233301.
T. Okamoto, Mochizuki, M. Minowa, K. Komatsuzaki, R. Masutomi: J. Phys. Appl. Phys. 109 (2011) 102416.
岡本、枡富:表面科学 36 (2015) 118.
など

量子ホール効果の観測

 吸着物質により表面に誘起された電子系が完全に2次元電子系であることは、量子ホール効果の観測により実証されました。左図は、初めて整数量子ホール効果が観測された、InAs劈開表面に銀を蒸着して誘起した2次元電子系に対する測定結果です。最近のInSb劈開表面の測定では、2T程度の低磁場で明瞭な量子ホール効果が観測されており、より手軽に量子ホール系の研究が行えるようになりました(右)。



詳しくは、
Y. Tsuji, T. Mochizuki, T. Okamoto: Appl. Phys. Lett. 87 (2005) 062103.
岡本、辻、望月: 固体物理 34 (2006) 339.
R. Masutomi, M. Hio, T. Mochizuki, T. Okamoto: Appl. Phys. Lett. 90 (2007) 202104.
など

2次元電子で見る磁性超薄膜のスピングラス

 約0.4原子層の鉄を蒸着した系において、2次元電子系の磁気抵抗に明瞭なヒステリシスを観測いたしました。他の物質の蒸着した場合や、他の蒸着量では観測されないことから、鉄の超薄膜の磁性の履歴現象を2次元電子系の伝導を通じて観測したのだと考えています。図はゼロ磁場で測定した残留磁気抵抗の履歴による違いを示しています。こうした履歴現象や長時間緩和などの実験結果から、鉄の超薄膜中におけるスピングラスの形成が示唆されます。



詳しくは、
Mochizuki, R. Masutomi, T. Okamoto: Phys. Rev. Lett. 101 (2008) 267204.
岡本、枡富:表面科学 36 (2015) 118.
など

走査プローブ顕微鏡を用いた研究

 近年、走査プローブ顕微鏡を組み込んだ実験を行うことができるシステムが完成いたしました。 試料基板の劈開、蒸着による試料作成をしたその場で極低温(4.2~K)・高磁場(14~T)環境下において STM/STSと電気伝導測定を行えるものであり、 世界的に見ても非常にユニークなものです。 これにより、蒸着物質の直接観察やトンネル分光による2次元電子系の状態密度の測定が可能になりました。
 図は、InSb劈開表面上にFe原子を蒸着する(右上)ことによって、 表面近くに2次元電子系を誘起し、マクロな電気伝導を測定して 量子ホール効果を観測(右下)すると同時に、 トンネル分光によりランダウ準位を観測した(左上)結果です。



詳しくは、
R. Masutomi, T. Okamoto: Appl. Phys. Lett. 106 (2015) 251602.
岡本、枡富:表面科学 36 (2015) 118.
など