強相関2次元系とスピンの物理
単純なバンド理論では動き回る電子同士に働く力を考えませんが、実際にはクーロン斥力が働いています。電子の運動エネルギーと比べて相関のエネルギーが強い電子系は、強相関系と呼ばれ、現代物理学の重要なキーワードの一つです。半導体2次元系は、磁場や電子密度などにより相関の強さを自由に変えることができることなどから、強相関物理の理想的な舞台の一つとなっており、分数量子ホール効果など他の系では見られない現象も観測されています。
金属・絶縁体転移
ゼロ磁場においても、電子濃度が下がるにつれて電子間のクーロン反発が重要になってきます。シリコンなどの相関の強い2次元系においては明瞭な金属・絶縁体転移が見られますが、電子の固体と液体との間の量子相転移と解釈することも可能です。私たちは、相転移近傍の「量子揺らぎの効果の強い電子固体(三角格子)」および「粒子間相互作用の強い液体状態」におけるスピン自由度の役割に着目した研究を先駆的に行ってきました。これまでの実験でさまざまなことがわかってきましたが、強相関系というのはなかなか手強く、抵抗が温度や磁場に対して大きく変化するメカニズムや電子状態、スピン状態に対して統一的な解釈ができていないのが現状です。電子状態やスピン状態に対する直接的な知見をえるために、ミリ波照射によるサイクロトロン共鳴および電子スピン共鳴の研究に着手しました。
図は、シリコンの2次元電子系の電気抵抗を電子密度と温度をいろいろ変えて調べた結果です.まず、磁場をかけていない場合のデータを見ましょう.電子濃度の低い領域では温度を下げていくと抵抗が大きくなっていくのに対して、電子濃度の高い領域では温度を下げていくと反対に抵抗が小さくなっていきます.このような現象を金属・絶縁体転移と呼んでいますが、2次元系では近年発見されました.
Okamoto et al. (1999)
それまで、2次元系では金属状態は存在しないと考えられていました.温度の低下とともに電気抵抗が急速に下がっていく異常金属相における電子状態や抵抗の急激な温度変化のメカニズムが未だにわからないのです.電子同士がクーロン斥力により強く関連し合って動き回ることが原因だろうといわれています.また、軌道運動に影響をおよぼさないように強い磁場を2次元面に平行にかけて電子のスピンを揃えてやると金属相が消える(図参照)ことから、スピンの自由度も重要だと思います.超伝導の兆候では?と考える人もいます.しかし、2次元面に電子を閉じこめただけの非常に単純な系にもかかわらず、この「温度の低下に伴う抵抗の減少」のメカニズムはきちんと説明されていません.たくさんの電子が関連し合って動くようになると、とたんに理論が難しくなるようです.私たちは、この問題に対して、不規則ポテンシャルが非常に小さいSi/SiGeヘテロ接合試料を用いた電気抵抗測定や電子スピン共鳴、サイクロトロン共鳴の実験を行っています。
「参考文献」
Chiba, Masutomi, Sawano, Shiraki, Okamoto, Phys. Rev. B 86 (2012) 045310.
Masutomi, Sasaki, Yasuda, Sekine, Sawano, Shiraki, Okamoto, Phys. Rev. Lett. 106 (2011) 196404.
Matsunami, Ooya, Okamoto, Phys. Rev. Lett. 97 (2006) 066602.
Ooya, Toyama, Okamoto, Phys. Rev. B 72 (2005) 075344.
Okamoto, Ooya et al. Phys. Rev. B 69 (2004) 041202
Ooya, Okamoto, Physica E (2003) 272
Okamoto et al. Phys. Rev. Lett. 82 (1999) 3875
など
ランダウ準位交差
強磁場下においては、軌道運動がランダウ準位に束ねられるため、自動的に電子相関が重要になります。我々は、ランダウ準位交差、分数量子ホール効果、ウィグナー結晶などに関連した研究を推進しています。
磁場中で試料の角度を傾けることにより、サイクロトロンエネルギーとゼーマンエネルギーの比を変えて、軌道量子数とスピンの向きが異なる2つのランダウ準位を交差させることができます。交差点では一体のエネルギーは縮退しているために、電子間相互作用が非常に重要になります。右の図は、試料を極低温で一定に保ったまま磁場に対する角度をその場制御して準位交差を引き起こしたときに得られた結果です。50ミリケルビンの測定では、明瞭なヒステリシスが観測されており、1次相転移が起こっていると考えています。
詳しくは、
K. Toyama et al.: Phys. Rev. Lett. 101 (2008) 016805.
など
電子の固体の磁性とアハラノフ・ボーム効果
上記の金属・絶縁体転移の絶縁体側の領域では、電子間のクーロン斥力により電子が三角格子状に並んだ「ウィグナー固体」あるいは「ウィグナーグラス」が実現されていると考えられています。相転移近傍においては量子効果がとても強く、隣接した電子同士の交換が頻繁に起こることがWKB計算から予想されています(エネルギーにして0.1Kのオーダー)。量子交換は局在スピン間に相互作用を生み出しますが、半導体2次元電子系の場合、電子間隔が大きいためベクトルポテンシャルによる波動関数の位相の制御ができます。私たちはこの「アハラノフ・ボーム効果」を用いて、「電子の固体」におけるスピン間に働く力をコントロールしてやろうと考えています.理論的には多彩な磁気相図が予想されます。このような試みは、世界的にも例を見ないものです.
現在、ウィグナー固体の形成を実証するためにミリ波共鳴吸収の実験に着手しています。
「解説記事など」
ウィグナー固体の磁性とアハラノフ・ボーム効果:岡本徹、川路紳治:「固体物理」1998年5月号
”電子の固体”の磁性とハラノフ・ボーム効果:岡本徹:「パリティ」1998年10月号
Okamoto, Kawaji, Phys. Rev. B 57 (1998) 9097.
Okamoto, Kawaji, J. Phys. Soc. Jpn. 65 (1996) 3716.